初夏のある一日、農学校の校庭へ遊びにゆき、農園の木陰に一頭の大きな牛がつながれて、のんびり草などを食べているのを見ているうち，何の気もなく角にかかっているロープをちょっと引いたものです。ところが牛も頭を下げたので、ロープがはずれてしまいました。

自由になった牛は一歩、一歩ぶらりのそりぶらりと私の方へ向かってくるのです。これは大変なことになったと思ったのですが、もう後のまつりで、手のつけようもなく思わず樹の繁みに身を潜めました。

やがて牛は走りはじめました。牛歩遅々などといったものではありません。
美しく整備された学校農園を荒らしだし、樹蔭の私は体が小刻みにふるえはじめました。そのうち作業中の学生も気付き、竹箒などふり廻して追うたので、牛は一層狂暴になりました。

そのとき一人の生徒が飛ぶように牛に駈けより、暴れ狂う牛に依り沿うたかと思うと、走りながら角に手をかけことなきを得ました。大胆というか、豪勇というか、スーッと胸のすくようなシーンでした。

不安と後悔で小さくなっていた私もホットし、ただただ子供心に感心するばかりでした。悪いことしたとの後味の悪さで、コソコソと家へ帰りました。