金時の火事見舞い
造り酒屋の酒桶は実に大きいもので、その酒桶に中にはいって酒粕を取り出す仕事をすることになった。
私はまだお酒を飲んだことがない。その私が酒桶の中に入って酒粕を取り出すのである。私は酒桶の中に入った途端に、強い酒の香りにあたって酔ってしまったのである。顔、身体といわずカッカするし、息苦しくて仕事どころではない。「金時の火事見舞い」みたいな顔で、あわてて酒桶から這い出たものの、酔いが醒めるまでにずいぶんと時間がかかった。
もう一つの作業は、桶から瓶へのお酒の移し入れであった。当時は、口にくわえたゴム管で、酒桶からお酒を吸い上げて、瓶に入れるというやり方であった。簡単なようで結構難しく、タイミングよく瓶に移すには技術が必要である。勢いよく吸うとお酒が直接、喉に飛込んで来るし、弱く吸うと瓶に入らない。私にとって、お酒の移し入れはなかなか難しい仕事であった。
毎日がお酒との闘いのようなものであった。そんな私を面白がってのことであろう、周囲の人たちは「少しはお酒の香りに慣れたかい」「酒は飲んでもいいけど酒に飲まれるなよ」と口々に言われたが、その意味が分からなかった。